大切な車を売る

メルセデス・ベンツ

1886年1月29日に我々は感謝をしなければならない。この日は、世界で初めて原動機付きの三輪車にドイツ政府より特許受理された日、つまり世界に「自動車」というものが誕生した日だ。この世界初の自動車を生み出したのが、ドイツの技術者カール・フリードリヒ・ベンツだ。彼は、今や誰もが知る自動車メーカとして存在し続ける不動の存在であるメルセデス・ベンツの生みの親でもある。
1844年11月25日、ドイツ南西部のミュールブルクで生まれる。2歳で父親が亡くなり、家計は豊かではなかったが、母は良い教育を彼に受けさせるために努力した。その甲斐あってか、彼は幼い頃から神童と呼ばれ、15歳で大学に入学し機械工学や内燃機関について学んだ。19歳で大学を卒業した彼は、1871年に機械工作所を立ち上げる。1879年に2サイクルエンジンの特許を取得すると、速度制限機構、点火装置、点火プラグ、キャブレター、クラッチ、ギアシフト、ラジエター等の特許を次々と取得していった。

歴史的車の誕生

1883年、Benz & Cie.を創業し、産業機械を製作しながら会社は成長していった。経済的に余裕が生まれると、自転車好きだったベンツは、自力走行可能な車両設計に乗り出す。1885年、自社設計4サイクルガソリンエンジンを搭載し、ベンツ・パテント・モトールヴァーゲンと名づけた自動車が誕生する。翌年の1886年1月29日、最初から自力走行可能な自動車としてドイツ政府から「ガス燃料の自動車」として特許が発行された。

ベンツの繁栄

今のベンツがあるのは、妻のベルタ・ベンツの功績が大きい。当時の移動手段の主流は専ら馬車で、特許を取ったばかりの車への世間からの期待や需要は高いはずがなかった。1888年8月5日、夫の発明した自動車の可能性を示すため、ベルタ・ベンツは夫に内緒で息子2人とともにマンハイムからハイデルベルクを経て、プフォルツハイムに住む母のところまでの、106kmの自動車旅行に出た。当時の道路は、今のように舗装などされておらず、凸凹道の過酷な道のドライブであった。時速15~18kmで走行し、途中給油のために薬局でリグロインを購入し、時に車を自ら修理しながら日が暮れる頃に走破した。道中、修理や改良を加えながら自動車での長距離走行を成し遂げた彼女の工学技術知識もさることながら、自動車の将来性と性能をいち早く証明し、夫の発明品の成功の一助となった功績は多大である。

日本のベンツ中古車

ベンツは多種多様なモデルが存在している。日本車と変わらない程の価格の乗用車から、トラック、高級車まで様々に存在している。そのため、ベンツ=高く買取してもらえるという方程式ではない。ベンツは人気車種によって査定価格が異なるため、売ることを想定して購入をお考えの際は、人気車種や高級車種を調べて購入するのがオススメだ。値崩れは日本車に比べて激しいものの、一般的な輸入車と比べると、堅牢な作りやステータス性も相まって、極端な下取り価格ではない。ベンツはフルモデルチェンジのサイクルも、他社と比べると長いので、見た目だけで言えば比較的長く楽しめるのも魅力の一つだ。
長きに渡り、ベンツは顧客の幅広いニーズに答える最古の自動車メーカーとして存在してきた。日本人が一般的に抱いている高級車のイメージばかりでない堅実なクルマ作りこそ、ベンツの魅力である。