大切な車を売る

ジャガー

世界で最も美しい車

ジャガーEタイプを初めて見た時の感動は今でも覚えている。クラシックカーでありながら、今の車にも見劣りしない流麗なボディ。
TOYOTAのS2000のような存在感。その美しさには息を呑むほどだ。
ジャガーの素晴らしさは、英国車ならではの上品な内装や高級感だ。アストンマーチンなどの英国車に漏れず、
外見にこそ派手さはないものの、美しいボディラインや細部に感じるこだわりと高級感、統一感のある落ち着いたインテリアは、
見事なレザー使いとをスポーティーさを融合させ、スーパーカーにない快適性と操作性を実現している。

誕生と歴史
1922年9月4日、ウィリアム・ライオンズと彼の10歳上の友、ウィリアム・ウォームズレイによってイギリス北西部に
「スワロー・サイドカー・カンパニー」を設立する。当時ウィリアムは21歳である。
ウォームズレイが創りだす美しいオートバイのサイドカーをライオンズが巧みに販売し、業績を伸ばしていった。
1927年に当時大変売れた大衆車にオースチン・セブンという車種が有る。同社はこの自動車ボディを独自デザインに変更し高級感有る
アルミ製に変えて「オースチン・セブン・スワロー」という名で販売し大成功を収める。
シャシで大成功を収めたウィリアムは、サイドカーカンパニーから自動車メーカーへと方向性をシフトしていく。
1931年のロンドンモーターショーで、同社はオリジナルモデル、SS1とSS2のモデルの2台の車を発表した。
ベントレーの高級感と半額程度の値段の高級車は瞬く間に話題を集め、その後4ドアサルーンなどの車を販売。
同様に低価格を貫き、たった13年という短期間でイギリスで知らないものはいない一大高級車メーカーへと変貌を遂げる。
事業拡大に反対したウォームズレイは会社を去ってしまう。

1939年の第二次世界大戦で、事業縮小を余儀なくされたが、軍用車両の生産などで乗り切り、
1945年にそれまでの「SSカーズ」から「ジャガー・カーズ」へと社名を変更した。
それまで順調な経営を続けていた同社であったが、アメリカ資本の自動車メーカーの勢力拡大に伴い
相次ぐ合併での業績悪化や労働運動での品質低下、オイルショックの打撃など重なり、ついに1975年には国有化されてしまう。

1972年にライオンズは引退。その後のジャガーを救ったのは1980年にジャガーのトップに就任したジョン・イーガンだった。
徹底した品質管理やお客様からのフィードバック、リストラを進め見事再建に成功、再び民営化される。

現在と日本のジャガー中古車
1989年にフォード傘下になったあと、2008年にインドのタタ・モーターズに売却された。
これまで培ってきたジャガーの歴史は、イギリス資本でなくなった今でも、イギリスを代表する高級車メーカーで有ることに変わりはない。
これからも、英国の心が受け継がれる限り、ジャガーはジャガーであり続ける。

日本でのジャガー中古車は値崩れが激しい。
近年のジャガーは電装系の故障も少なく保証も手厚い。しかし、中古車市場での売却額はあまり満足できるものではないかもしれない。
ジャガーは高級車だ。高級感がありながら、他社の高級車に比べて値段は確かに安めだが、それでも普通に考えれば新車で庶民に手が出る価格ではない。
しかしながら、中古車での値崩れは激しいことを覚悟しなければいけない。
ジャガー=オヤジの車、故障しやすい車とレッテルが付いてしまっているが、近年のジャガーは故障も少なく良好だ。
ただ、ディーラーの少なさやベンツ車のようにカスタムパーツの少なさは否めない。
購入を考えられている方は新車での購入か近年の中古車がオススメだ。
一度ジャガーを手にした人なら、そのステータス性と高級感、魅力に取り憑かれれる。長く乗れば、売る選択をためらうほど、あなたを虜にするだろう。